「100万円用意できないか」と言われ銀行へ…
2023年7月、新潟市西蒲区で一人暮らしをする81歳の女性が銀行の窓口を訪れた。
120万円を引き出そうとした女性。大金を一度に引き出そうとする女性に対し、窓口の担当者が理由を訪ねると、女性は「東京に住む子どもに渡したい。子どもは具合が悪く、いま病院に向かっている」と話した。
特殊詐欺が疑われる事例であることから、銀行側はその後、女性から丁寧に聞き取りを行った。
終始、慌てた様子の女性は、息子からの電話の内容についてより詳しく説明した。「大きい病院で喉を見てもらい、これから精密検査をしてもらうところらしい。さらに、息子は携帯電話と財布、大切な書類をなくしていて、すぐに1,200万円を用意しないと、横領の罪に問われてしまう。そのうち100万円を何とか用意できないかと言われている」
電話で「声が変わっている」と言って話を切り出すのは、オレオレ詐欺の典型的なケースだ。
銀行側は「指示通りにお金を渡すのは危険だ」と再三にわたって説得したが、女性は焦るばかりで応じない。「窓口でお金をおろせないのなら、ATMでおろす」と女性が立ち上がったところで、複数の行員が連携して警察に連絡。駆けつけた警察官が女性に声をかけ、実際の息子とも連絡が取れたことから、特殊詐欺であることが明らかになった。
だまされかけた“3つのポイント”
未遂事件から半月が経ち、取材に応じた女性は「やっぱり親は息子がかわいいからね。その気持ちを利用して詐欺を成功させるんでしょ」と、だまされかけたことを悔やんだ。
女性が、電話の相手を息子だと信じてしまった1つ目のポイントは「病院で喉を診てもらっている」という言葉だった。
犯人が、実際の息子との声の違いをごまかすための設定であると考えられるが、女性自身も喉の病気に悩まされたことがあり、息子も大変な思いをしているのだと信じ込んでしまったのだ。
2つ目は「横領の罪に問われてしまう」という言葉だ。
女性は「このままでは息子の人生がダメになると思った。あと少しで定年なのに。それで私もお金を用意しなくてはならないと思った」と、当時の心境を振り返った。58歳の息子に無事に定年を迎えてもらい、安定した暮らしを送ってほしいという息子への思いが「すぐにでもお金を引き出さなくてはならない」という焦りにつながった。
3つ目は「自分の身には起こらないだろう」という思い込みだ。
女性は、特殊詐欺被害が増えていることは認識していたものの、「都会で起こる犯罪」というイメージを持っており、自分が被害者になることは想像できなかった。
“親心”を利用する犯人への怒り
この日、息子を名乗る人物から要求された金額は100万円だったが、女性は喉の治療費も必要だろうと考え、120万円を渡そうと考えた。120万円は、この口座に預けたほぼ全額だった。
女性は、「息子のためを思うあまり、120万円という金額の大きさを考えることができなかった」と反省した。
同時に女性は、犯人への怒りも口にし「私は年金生活者だからお金を蓄えるのも大変。それを軽々と電話1本でだましとるという、そういう考え方。憎たらしいというか、切ないというか、そんな気持ち」と、力を込めた。
この1件以来、息子との電話では「合い言葉」を伝え合い、本人だと確認してから会話を始めることを約束したという。
増加する特殊詐欺被害
新潟県内の特殊詐欺被害は2023年6月末の時点で94件、被害額は1億8,800万円余りにのぼっていて、被害件数は2022年の同じ時期(85件)を上回っている。
今回の詐欺未遂事件に対応した西蒲警察著は、「広報活動と同時に、金融機関との連携を大切に、今後も詐欺被害の防止に努めたい」としている。
子どもを助けたいという心理が焦りを生み、判断を鈍らせる。親心につけ込む特殊詐欺を「用心しすぎる」ということはない。