柏崎市の海岸に能登町の“太鼓”漂着
能登半島地震発生後、大きな木材や畳などが漂着している柏崎市鯨波海岸。
「あの辺で見慣れない大きい物体があるので、何かなと思いながら歩いて近づいた」
近くで旅館を営む栃堀耕一さんが1月20日に見つけたのが太鼓だ。
破れた面に大量の砂が入り込んだ太鼓には、ある地名が書かれていた。書かれていたのは「白丸」の文字。
栃堀さんはすぐに地名を検索し、「能登のほうから流れてきているのは間違いない」と確認。
SNSに太鼓の写真を投稿すると、すぐに白丸の住民から連絡があったという。「白丸地区に住まわれている方で、いつか取りに伺いたいという話だった」
歴史ある祭りで使われていた太鼓
地震と津波で甚大な被害が出た能登町白丸地区。太鼓が置かれていたのは建物自体が大きく流された集会所だった。
白丸地区に住む岩前純悦さんは「地震後、ここを見て保管できるものは保管したが、太鼓はなかった」と話す。
太鼓は約100年の歴史があるという「白丸曳山祭り」で使われていたものだった。
岩前さんは「よく新潟へこちらの船が着いたという話は聞いていたが、まさか太鼓が…」と驚きを隠せない。
「復興のシンボルに」太鼓修復を検討
太鼓が発見された柏崎市鯨波海岸にも津波は押し寄せていた。栃堀さんは「40cmと報道されているが、多分1mちょっとはあった」と語る。
「能登の佐渡沖も含めて、一帯、断層があってリスクが高い。本当にまったく他人事ではない」
かつて、2007年の中越沖地震で経営する旅館が被災した栃堀さんは、石川県の職人と連絡を取り合って太鼓の修復方法を検討しているという。
「お祭りはみんなが楽しくやるものなので、そういったときに、また、その復興のシンボルになってくれたらうれしい」