【田中角栄 #6】元首相が語っていた自然保護と人間生活の調和「自然の保護ほど重要なことはない」 約50年の時を経て振り返る田中角栄×山岡荘八

1974年、総理就任から約2年を迎えた田中角栄氏が、新潟県人大会で語った「五つの大切なこと」と「十の反省」。戦後日本のあり方を見つめ、人間の条件を問う言葉である。
田中角栄氏

1974年、総理就任から約2年を迎えた田中角栄氏が、新潟県人大会で語った「五つの大切なこと」と「十の反省」。戦後日本のあり方を見つめ、人間の条件を問う言葉である。
作家・山岡荘八氏を迎え、約50分にわたり率直かつ真剣な議論が交わされた本対談。約50年の時を経て、田中氏が当時語っていたことをシリーズで振り返る。最終回となる今回は、自然保護と現実とのバランスについて語った言葉を振り返る。(全6回/6回目)

■自然保護と山岳地の活用

田中角栄氏

山岡荘八:
「今、日本人が一緒に答えてるのは、自然を日本人が破壊しすぎてるっていうことですね。多摩川の洪水なんかも、作るところは作ってるんだけれども、どこかを壊しすぎてる場合もあるんだから、そういうところを一つ、要するに僕は人間が余っていすぎだと思うんですよ、狭い土地に。人間が余って居過ぎるもんだから、ほっとけばどこでもみんなそうなりますね。」

田中角栄:
「自然の保護、これほど重要なことはありません。それで、これから日本が環境庁を作りまして、それから国土庁も作って、自然環境の保護基準というものを自分で作れるようになってたということは、もう良いことなんですよ。時期的には非常にいいことになってんです。日本は小さいとは言いながら、カリフォルニア州1州よりも小さいんですから。小さいところに人がバカに余計いますが、ただ地形・地性上の利点というのは、85%は山岳なんです。山岳ですからね、世界のどこよりもその保全されてることは事実なんです。実際はその山岳地は多いですから。壊そうにも壊せないですから。ただね、この自然の85%の自然というのが国民に利用されないんじゃダメなんです」

田中氏は、「自然をそのままにしておくのがいい」という考え方と、「85%もあるところをそのままにしておいたら人間が生きていけませんよ」という現実とのバランスを強調する。自然の良さを最大限に保存をしながら、人間の生活に対していかに高度に利用するかという調和点を図らないといけないと語る。

■新しい道を切り拓く

田中角栄氏と山岡荘八氏

田中角栄:
「ニューヨークの真ん中にセントラルパークがあるように、ワシントンの真ん中にもロッククリークという山があります。真ん中がメイン道路にもなってるわけで、谷を日比谷公園のように使いながら、真ん中をメイン道路は通ってるわけですな。メイン道路が通しながら、ロッククリークの自然は守るということの調和をうまくやってるのが、それですよ。だから日本っていうのもやっぱり観念的にね、自然愛護の学者が、そのまんま尾瀬沼の水芭蕉は1本でも触っちゃいかんというようなそういう考えではなく、人間生活に高度に利用されながら、いかに自然環境を守るかということの調和を、これからやっていきます、ちゃんと」

山岡荘八:
「それやっていかないと、つまり山の扱い方でも乱暴になりますね。見物に行った人間が実に乱暴に」

田中角栄:
「くろよんダム(黒部ダム)ね。私もこないだ選挙の時行きましたよ。しかし便利になったんですよ。朝、長野駅を5時に出まして、茅野まで行って、茅野から諏訪へ行って諏訪で演説をして、諏訪から松本、松本で演説しまして、松本から大町行って、大町からアルペンルートを通って富山行って、富山から今度高岡へ行って、高岡から新潟県境の黒部まで来てーーそりゃ大変なことができるんだ。だからね、あそこにアルペンルートというね、くろよんのあそこに隧道(トンネル)を掘ったからね。そら大変なもんですよ。昔の旧幕時代だったら10ヶ月ぐらいかかるところね、1日で私は行ったんだから。しかしね、そのまたところに空き缶とか変なものを捨てることもまたダムを1割埋めるぐらいしてるらしいですからね。保護というのはやっぱりそのアルペンルートは人間の生活のように供するように穴を開けて、それで三国の自然を守らなくちゃ」

固い握手をする田中角栄氏と山岡荘八氏

山岡荘八:
「今のこの十の反省、五つの大切というようなことがね、ただやっぱりあの人間の頭の中で生きていてもらわなきゃ困るんですよね。今まである世界の道と道が違うと思うんです。新しい道をやっぱりあなたーー新しい、これから外国回られるのは新しい道だと思うんです、これ。目に見えないが、しかし、かつてはない道で良い新しい道だと思います。それを一つ、お気をつけになりながら」

田中角栄:
「今年、8月いっぱい少し健康を、と思いましてこう、少し運動したり勉強もしたんですが、ちょっとこう夏負けしましてね。ああ、やっぱり8月はね、8月のお盆には田舎に墓参り帰ってた方が良かったなと思ったんですよ。と、今日やっぱりあんたに会ってですな、元気出ましたよ。やっぱりこういうね、気持ちですな。理屈じゃなく、やっぱり気持ちでお互いにこう、やぁやぁと会ってね。そして、まあ、こういうお話を聞いてるうちに、いや、これ元気取り戻してね」

山岡荘八:
「私、実は山へこもりましてね、いよいよもう年が年ですからな。そろそろ最後の仕事しようと思ってたんですよね。やっぱり、あなたにお目にかかることになったら喜び勇んでで来たんですよ。ありがとうございました。本当に、ありがとうございました」

田中角栄:
「またいつか会いましょう、ありがとうございました」

田中総理と語る 五切十省によせて

この対談から約50年が経った今、「五切十省」という言葉は、時代を超えて私たちに問いかけ続けている。人間として大切にすべきこと、日々反省すべきことーーそれは政治家だけでなく、一人ひとりが日常の中で実践できる「人間の条件」だ。

田中角栄氏が語った「日本人即世界人」という視座、そして山岡荘八氏が指摘した「自然に発酵してくる日本酒のような道徳」ーーこの対談には、高度成長期を駆け抜けた日本人が、次の時代に何を残そうとしたのかが凝縮されている。

最終更新日:Thu, 01 Jan 2026 18:00:00 +0900