自然の中で養った“山登りの適正”
“山の妖精”は雨が降る中でも、自信を持って5区のスタートラインに立った。
目指すのは初代“山の神”こと今井正人さんの記録・1時間9分10秒。3番目で受け取った襷を手に、城西大学4年の山本唯翔は前を走る青山学院大学・駒沢大学を追った。
降りしきる雨によって、体は徐々に冷え込んでいったが、そんな思いよりも最後の箱根駅伝を走れる喜びが上回った。
「きついというイメージよりは、憧れの舞台でもあったので、楽しかったというプラスの思いのほうが強かった。1万mのレースよりも短く感じた」
東京五輪・男子マラソン日本代表の服部勇馬と同じ新潟県十日町市出身の山本。山登りの適正はこの十日町市の自然の中で養われたという。
小学生の時は毎日、上り下りがある道を2km歩いて登下校した。また、クロスカントリースキーにも取り組み、こうした環境によって脚力が鍛えられたのではないかと笑って話す。
そんな山の申し子が箱根駅伝の5区に憧れを持ったのは自然の流れだったのかもしれない。
大学入学時 箱根駅伝は「1回でも…」
その一方で、大学入学時の思いを聞くと、予想外の答えが返ってきた。
「個人としては大学で1回でも走れればいいかなと思っていたので、ここまでなれると想定していなかった」
こう謙遜するものの、さっそく大学1年で憧れだった5区に出走。区間6位の快走で山への適正を証明して見せた。頭角を現した山本はそこから急成長を見せる。
2023年の箱根駅伝で、従来の5区の記録を更新し、“山の妖精”と名付けられた山本。2月には丸亀ハーフマラソンで1時間1分34秒を記録。8月にはユニバーシティゲームズの1万mで銅メダルを獲得した。
山だけでなく、平地での強さも身につけた山本には、大学入学時から持ち続けていたモットーがある。
「自分のモットーとして『努力する』ということを大事にしてやってきた。『努力は報われるまでやる』というのを続けてきた結果が今の結果。今まで目標を持ちながら諦めずに努力してきたことが一番の強くなれた要因なのかなと思う」
最後の箱根駅伝「記憶に残る走りできた」
大学4年間、努力し続けた山の妖精が迎えた最後の箱根駅伝。
2024年の5区にも青山学院大学の若林宏樹や創価大学の吉田響など山の猛者が集まったが、山本は区間賞を誰にも譲るつもりはなかった。
「ライバル視した選手もいるが、自分との戦いだと思っていたので、一番は前回大会の自分を超えるというのを考えながら走った」
2023年の自分を超え、山の妖精から山の神へ。2024年も誰よりも早く山を登り切り、笑顔でゴールテープを切った。
止めた腕時計に映っていたタイムは…1時間9分14秒。2023年の自身の記録を50秒も上回る大記録だったが…「時計を止めて見たとき、今井さんの記録に4秒届いてなくて、『あ~届かなかった』というちょっと悔しさもあった」
山の神を超えることはできなかったが、自身が続けてきた努力は無駄ではなかったと胸を張った。
「みんなから『山の神でいいよ』と言われるときもあるが、今までの山の神の3人には及ばなかったなという思いはあったので…それでも山の妖精と名付けてもらえてうれしかったし、記憶に残るような走りができたので、そこまで山の神にこだわりは今はない。それ以上に今まで過去最高の往路3番でゴールできたことにうれしさがあって、出迎えくれたみんなに飛び込んだ時に涙が出た。ここまでやってきてよかったなという思いが強かった」
マラソンでオリンピックの表彰台へ!
箱根駅伝から約3週間。山本は全国男子駅伝で新潟チームのアンカーを務め、社会人の選手も多く出場する中、区間4位の走りを見せた。
山の神へのこだわりを捨てた22歳が次に見据える舞台は世界だ。「マラソンにチャレンジしたいという思いがある。地元の大先輩ではあるが、服部勇馬さんは憧れていた選手でもあるので、新潟県出身として、マラソンでオリンピックに出場して表彰台に上れるくらいまで頑張りたい」
歴代の「山の神」が成しえていないマラソンでのオリンピック出場、そして表彰台を目指し、山本は努力を続ける。