

生きづらさを抱えながら新潟市で出会った人を写真で表現する男性がいる。広汎性発達障害のある男性が出会いを重ねて撮り続けた写真集に込めた希望とは…
■自宅が職場 言葉と向き合う日々

新潟市中央区の古町地区。年の瀬の街角で、オレンジ色のジャケットを着た男性がカメラのファインダーを覗いていた。木間悠介さん46歳。「もう歩かないと話になりませんからね」と言って、被写体を探して街を歩き続ける。

「この人撮りたい、っていう気持ちを大事にしています」
木間さんの言葉には、人との出会いへの純粋な期待が込められている。
新潟市東区にある自宅の部屋が木間さんの仕事場だ。ヘッドホンをつけ、録音された会話を聞きながら、パソコンに文章を入力していく。

「役所から会議の音声ファイルをいただいてきて、データに仕上げて、それをまたメール添付で送り返して納品っていう」
議事録などとして保存する文字起こしが、木間さんの仕事だ。時々、辞書を使って言葉を調べる。
「“いし”なんて言葉は、医者の“医師”は誰でも分かるだろうけど、志すの“意志”と、思うの“意思”ってあって、細かいニュアンスは調べないと」
作業は決して早くない。しかし、「僕は遅いんですよ、遅いんだけど、丁寧さは、絶対に妥協したくないなって」と、正確な仕事を心がける。
木間さんが自宅でできる仕事を選んだのには、切実な理由がある。
「僕の場合は、怒りの感情をコントロールするのが難しかったりとか、人との関係を長いことを維持するのがすごく難しくて」
怒りを抑えることなど、心のコントロールに不安を抱える木間さんは、職場に出社して人間関係を構築するのが難しい。
「広汎性発達障害(自閉スペクトラム症)っていうのがあるらしくて、自分が人様のオフィスでうまくいっている姿はちょっと想像できないですね」
人との関わりが少ない文字起こしという仕事は、木間さんにとって必然の選択だった。
■出会いを重ねた10年、3冊目の写真集

思うような社会生活を送ることが難しい木間さんだが、10年前から新潟市内を歩いてカメラを構えるようになった。その成果を写真集にしている。

「新潟市内で、出会った人々を撮りためた写真を本にしたものです」
出会った人の表情で伝える写真集は、2025年に3冊目が完成した。
「これだけいろんな人が、新潟だけでもこれだけいるんだってことを伝えたい」。
休日は、撮影に協力してもらえる人を探して歩く。声をかけても、断られることも多いという。「1日10時間活動しても全然だめだったときもあるし」
それでも、木間さんにとって写真集は、人との関わりに苦労する中で、世間とつながる手段でもある。
「こんな僕でも、ここで細々とやっているんだってことを、できるだけ多くの人に知ってもらいたいっていう思いがあるんですよ。障害とか生きづらさとかを抱えている人でも、僕は頑張ったって言葉は使いたくないけど、なんとかできるって思えば、こんな作品を僕でも作れるんだ、こんな自分でも作れるんだってことを発信したかったから、この本を作ったってこともありますね」
■家族3人の暮らし、母の代わりに

家族3人で暮らす木間さん。父・勝正さんは81歳、38歳の弟・やすおさんはダウン症だ。7年前に母親が病気で亡くなったため、木間さんが母親代わりを務めることも。
父・勝正さんは「食事は全部任せて、私は何にもしないんでね。本当に助かってますね」と、息子への感謝を口にする。
■「人は優しい」、カメラ越しに見つけた答え

新潟市中央区の古町地区で、被写体を探していた木間さんの表情が緩んだ。
「おもしろそうだとは思うけど…」
木間さんが声をかけたのは、外国からの観光客だった。大学時代をアメリカで過ごした木間さんは、英語を駆使して表情を引き出す。
「自分はその瞬間を切り取るタイプ。撮影させてくれた人たちが逆に教えてくれたってのがあって」
人は優しい―。人との関わりに苦労する木間さんが、新潟市で出会った人の写真集で伝える思いだ。
「だんだんちょっとは経験値積んだっていうか、強くなれたんじゃないかなと思うんですけど。まあ生きづらさは相変わらずあるとしても、家族とかが、本当に心の支えになってくれるし、幸せにつながってますね」
自分が進まなければ出会うことのなかった奇跡。木間さんの写真に込められているのは、ささやかな日常の幸せだ。




