【衆院選・新潟4区】国民民主党・野村泰暉氏 現役世代の負担減へ解決策示す「批判だけでなくどうやったら解決できるのか」

1月27日に公示された衆院選。新潟4区から立候補した国民民主党・野村泰暉候補の第一声をお伝えします。この記事では候補者が話した内容をそのままお伝えします。
国民・野村泰暉氏

1月27日に公示された衆院選。新潟4区から立候補した国民民主党・野村泰暉候補の第一声をお伝えします。この記事では候補者が話した内容をそのままお伝えします。

皆さんおはようございます。これから12日間この町をお騒がせいたします。この度、先ほど名乗る許可をいただきました衆議院議員候補の野村泰暉と申します。

この4区からと先ほどいただきましたけど、他の皆さんアオーレでこの第一声やるんですよ。私、ここでやらせてくれといろんな方にお願いをしまして、その理由としては、もうここ日赤町旧大工町が私の生まれ故郷、地元でございまして、是非ここでやらせてくれと関係各位にお願いをいたしまして、私の生まれ故郷、そして出発地点はここ。厳密に生まれたのは日赤病院なんですけど、日赤ってことでこちらでやらせていただきます。

私、今回県内最年少27歳ということで、多くの皆様からは無謀だと、お前大丈夫なんか?とお話をいただきました。実際お話をいただいたのも1週間ほど前、もう全然準備する時間もない中で多くの皆様にお助けをいただいて、今ここでマイクを握らせていただいております。

私が一緒に取り組んできた小学校、中学校、高専の同級生はもちろん。一緒に取り組んでいる青年団体の仲間たち、そして全国から集まってくれた私の高専仲間、ベンチャー仲間の皆様、そして何より今回私の立候補に多大なる尽力をいただきました国民民主党新潟県連の皆様、連合新潟をはじめとする労働組合の皆様に改めましてこの場をお借りしまして御礼申し上げたいと思います。今回立候補できましたのも皆様のおかけでございます。改めまして、まずはありがとうございましたというところを伝えさせてください。

なぜ私がここで、そしてこの衆議院選挙にチャレンジをするのか?そう申しますと、きっかけは今から15年ほど前でした。私がまだ小学生の頃、いわゆるリーマンショックというものが起こりました。

本当に両親含めみんな頑張ってくれている中でも景気が良くないから、うちにはお金がないから、ということで様々諦める機会がありました。
お金だけで何かを諦める、そういうことはあってはならない、そう確信した小学生でした。しかし、今の日本はどうでしょうか?

多くの子どもたちが格差に嘆き、子どもたちの雑談の中でもうちにはお金がないからと最近米の値段が高いからご飯が満足に食べられないんだ。そういう声をこの地域で活動している中で多く聞きました。

また、企業の皆さんにとっても先行きが不透明だから利益は出ているけれども、なかなか給料は上げられない。社会保険料の負担が大きいからなかなか給料が上げられない。ありがたいことに最近では賃上げということも少しずつは進んできているように思います。

しかし、給料が上がったとしても社会保険の壁が厚く、手取りが増えたことを実感できていません。私もサラリーマン時代、給料が上がることがありました。昇格することがありました。それでも実際には住民税の負担も大きくなる。年金の負担も大きくなる。結局手取り2万円増えたはずなのに額面3000円ぐらいしか増えてないんじゃないか。そういう風に実感することがありました。

現役世代だけではありません。最近では本当にこの、雪ひどいからね、こんな時に選挙やんじゃねえよと個人的には本当に思います。本当、選挙カーが事故なんて起こしたらね、もう笑い話じゃすみませんよ、本当に。って思うような天気ではありますが、本当、私も最近雪かきをしてる中で、本当に朝起きて、車の雪をどけて、駐車場の雪かきをして車を走らせて、通勤通学をしていると思います。

しかし、今日のように路面は凍結しているからゆっくりしか行けない。会社に着いても、会社の駐車場の雪かきしなきゃいけない。そして、帰る時も車の雪をどけて、駐車場の雪をどけてからまたゆっくり帰って、家に着いたらまた駐車場の雪が積もっているから、その雪を下ろして。もう雪国というだけで、都会と比べると最低でも3時間以上皆さんの負担が強いられています。

加えて灯油代も最近では値上がりがひどく、子どもたちに聞いても灯油代が高いからということでヒーターを控えている。そんなひもじい思いをこの未来を担っている子どもたち、現役世代、そしてこれまでの日本を支えてくれた多くの皆様に強いていいのでしょうか?

私としては、高市政権に「はい」とだけ従っている与党でもなく、批判や理想論だけを並べている野党でもなく、ベンチャー企業出身の私として解決策を示し、どうやったら良くなるのか、どうしたら課題が解決されるのか、その視点を持ってこの国政に挑みたいと考えております。

実際、私は民主党が嫌いでした。じゃあ、何でお前は国民民主党から出てるんだと。国民民主党は変わりました。先ほど県連の上杉代表も話しておりましたが、批判だけをするのではなくて、どうやったら解決できるのか解決策を示し、実際に解決に導いてきました。

このようなスタンスに私も共鳴し、今回国民民主党からチャレンジする決意をいたしました。多くの皆様から反対をいただき、本当にいいのかと、本当にできるのかとお話をいただきました。

それでも私はこの新潟、そしてこの日本の将来を諦めてはいません。絶対に良くなる、よくできる、その覚悟と決意を持ってこの12日間衆議院選挙戦い抜きたいと思います。

その手始めとして私のこの故郷、新潟県長岡市日赤町大工町、こちらで第一声を上げさせていただきました。

皆さんもお忙しい中お越しいただきましてありがとうございます。お帰りの際、足元滑りやすいですし、寒いのでお気をつけていただければと思います。
それではここから12日間ここから出発してまいります。皆様、多大なるご支援をどうぞよろしくお願いいたします。

最終更新日:Sat, 31 Jan 2026 18:00:00 +0900