ゴールデンウィークの行楽先としても親しまれてきた遊園地などのレジャー施設。デパートの屋上遊園地や、遠足の定番として親しまれた動物園など懐かしい風景をNSTアーカイブからたどる。
農園から生まれた遊園地「新潟遊園」
遊園地と聞くと、大型の乗り物や華やかなテーマパークを思い浮かべる人も多いだろう。しかし、1945年(昭和20年)、現在の新潟市西区・寺尾エリアに誕生した新潟遊園は、もともと農園として始まり、のちに行楽地として整備された遊園地だった。
園内の大半を占めていたのは、バラ園やチューリップ畑。乗り物は小型のものが数台ある程度だったが、中でも人気を集めたのが、チューリップ畑の中をゆっくりと周回する「おさるの電車」だった。
家族で気軽に楽しめる新潟遊園は、地域の人々に親しまれ、チューリップの季節には、乗り物に乗るための長蛇の列ができるほどのにぎわいを見せていた。娯楽の少なかった時代に人気の施設だった。
その後、新潟遊園は巻町(現:新潟市西蒲区)へ移転するが、やがて閉園。寺尾にあった旧園地は、現在も寺尾中央公園として地域の人々に利用されている。
家族の週末イベントだった「デパート屋上遊園地」
昭和30年代の高度経済成長期、全国の多くのデパートの屋上には遊園地があった。新潟市・古町にかつてあったデパートにも屋上遊園地が設けられ、休日になると親に手を引かれた子どもたちであふれていたという。
屋上という限られた空間で、小型ながらも乗り物が並び、子どもたちにとっては夢のような場所だった。買い物の途中で立ち寄ったり、食事のあとに遊んだりと、気軽に楽しめるのも屋上遊園地ならではの魅力だったのだ。
当時のデパートは、買い物や外食、そして遊びが一体となった存在で、家族そろってデパートに行くことそのものがイベントだった。
しかし、時代の移り変わりとともに、各地にあった屋上遊園地は次第に姿を消し、現在では、その面影を残す場所は全国でもわずか数件なのだという。
遠足の定番「動物園」と「移動動物園」
かつて新発田市・月岡温泉エリアに、新潟県で唯一大型動物を飼育する動物園「月岡ランド」があった。

遠足やレジャーの定番として親しまれ特に、ゾウの洋子が人気を集めていた。遠足の集合写真はゾウの洋子の前で撮影することが多かったのだとか。

ゾウの柵は、見学通路から思いのほか近く、ゾウが鼻を伸ばしたら届きそうな距離だった。

遊園地を併設した民営の動物園として愛されていたが、1991年(平成元年)に経営難により閉園。閉園時は80種の動物を飼育していた。
現在ではあまり見かけなくなったが、かつては「移動動物園」というものがあった。バスやトラックで動物を輸送し、各地で動物を展示するのだ。
現在の「移動動物園」は、“ふれあい動物園”とも呼ばれ、ウサギなどの小型動物が中心だが、昭和の頃はゾウやキリンなど大型動物も移動して展示されていた。
“がけっぷち”でも愛され続ける サントピアワールド
新潟県の遊園地といえば、幾度かの危機を乗り越えて、今や“がけっぷち”遊園地として愛されている、サントピアワールドだろう。

サントピアワールドが、前身の安田アイランドとして1976年(昭和51年)、阿賀野市(旧安田町)に開園してから、2026年で50周年を迎える。最近では50年前のオープンの日、開門と同時に入園した客を探していたことも話題になった。
初めてジェットコースターに乗ったのが安田アイランドだったという人も多いだろう。
1981年(昭和56年)には一回転するジェットコースター「ループザループ」が登場した。

当時の新潟県には、一回転するジェットコースターはなかったようで大人気のアトラクションとなるが、2007年(平成19年)に稼働を終える。だが、50周年の2026年にVRで復活。
サントピアワールドは、新型コロナウイルスの影響や電気代の高騰などにより、厳しい経営状況に置かれているが、それを逆手に取り、思わずくすっと笑ってしまうような自虐的な工夫を凝らした運営を行っていて、大人でも楽しめるのが魅力だ。
代表的なアトラクションが「爆速メリーゴーランド」。
送風機から出る強い風を受けながらメリーゴーランドに乗ると、速く走っているように感じる、というものだ。子どもはアトラクションで思い切り遊び、大人は園内に散りばめられた工夫やユーモアを楽しめる。
鳥屋野潟にあった遊園地「とやのレイクランド」
かつて新潟市・鳥屋野潟南部には、ジェットコースターや観覧車などを備えた遊園地「とやのレイクランド」が存在していた。大きな観覧車の姿を覚えている人も多いのではないだろうか。

「とやのレイクランド」はもともと、1989年(平成元年)7月から9月にかけて開催され、約100万人が来場した「ナイスふ~ど新潟’89 食と緑の博覧会」の一部として整備された。
博覧会終了後も遊園地部分の存続を望む声があがったことから、翌1990年(平成2年)に正式に遊園地「とやのレイクランド」として営業を開始した。

当時のチラシでは、新潟市内を一望できる観覧車が「上越・東北地区ナンバーワン」をうたっていて、その規模と眺望が大きな売りとなっていたようだ。
新潟駅からそれほど遠くない立地だったことから、中高生を中心に多くの来園者でにぎわったという。

夏休み期間中は夜9時まで営業するなど、気軽に立ち寄れる遊園地として親しまれた。しかし、1996年(平成8年)に惜しまれつつ閉園している。
昭和末期の巨大迷路ブーム「大迷宮エルドラド」
1987年(昭和62年)、新潟市東区に巨大迷路「大迷宮エルドラド」がオープンした。
1980年代は全国的に巨大迷路ブームが起こり、各地にさまざまな巨大迷路があった。
この迷路は広大な敷地に造られ、入口にある打刻機で時間を記録してスタート。迷路内に点在するチェックポイントを巡り、ゴールを目指す仕組みだった。

内部は、地面から約2メートルはあろうかという高い壁に囲まれており、壁の下をくぐったり、よじ登ったりといった“ズル”ができない構造になっていた。
どうしても脱出できない人のために「ギブアップの扉」も用意されていたが、そこへ辿り着くこと自体が容易ではなかったようだ。

NSTのアーカイブでは、この施設がいつまで営業していたのかは確認できなかった。巨大迷路には怪談が付き物で、「迷路から出てこられない人が、何日もさまよっている」といった噂話が語られることもあった。
時代とともに姿を消した遊園地もあれば、形を変えながら今も営業を続ける場所もある。
遊園地やレジャー施設は、家族の思い出や地域の記憶を刻んできた存在だ。NSTアーカイブの映像を通して、新潟の遊園地の歩みを振り返った。
(新潟ニュース編集部)


















