豪雨で店内ほぼ全滅状態も…「店もお菓子も生まれ変わらせる」 飛躍の機会に変えた洋菓子店1年の歩み【村上市】

2022年8月3日から4日にかけて、新潟県北部を襲った豪雨。大きな被害を受けた村上市坂町に約8カ月をかけて復興を遂げた洋菓子店がある。打撃を飛躍の機会に変えた店の1年の歩みを取材した。

村上市坂町で洋菓子店「HAPPY SUGAR」を営むパティシエの細野智子さん。

細野智子さん

 

この日は、2023年4月にリニューアルした店舗で、旬のモモを主役にしたパイを手がけていた。

「梅雨が明けるとモモがだいぶ甘くなるよと聞いて待っていた。結構いい感じになっていたのでパイを始めた」と、細野さんは何ともうれしそうに話した。

浸水した店内 家具・道具はほぼ廃棄

豪雨から5日目の2022年8月8日。「HAPPY SUGAR」の店先には、大きな家具やお菓子作りの道具などが運び出されていた。

2022年8月8日

浸水した物の撤去作業に追われていた細野さん。自宅も被災したため、店に来ることができたのは被災から3日目のことだったという。

店内は、ほぼ全てを廃棄しなくてはならない状況だった。

当時、細野さんは「何かあったらすぐ対処するタイプなので、まずはきれいに掃除をする」と、淡々と語っていた。

それから1年が経ち、細野さんは当時を振り返る。「唯一、残ったのがオーブンだった。もし、オーブンがダメだったら、復興への道筋は違っていたかも知れない。精神的に本当にゼロというか、マイナススタートになっていたはず。でも、オーブンがあるなら焼けるし、作れると思った」

店内は元に戻さずリニューアル

修行を終えて独立し、13年前の2010年にふるさとに構えた愛着のある店。

無事に残ったオーブンと共に再起を誓った細野さんだが、その目標を「元に戻すこと」には設定しなかった。

被災前の店内

元に戻さなかった一つは、店舗のデザインだ。オーダーメイドやアンティークの家具などが並んでいた以前の店舗を、その通りに戻すのは金銭的に厳しかった。

そこで、カラフルに飾られた以前の店舗に戻すことは考えず、よりシンプルに改装することを決断。

改装後の店内

家族や仲間の励ましに背中を押され、自身で店のデザイン案を考え、プロの力も借りながらリニューアルを進めてきた。

新たな材料・レシピで味を追求

元に戻さなかったのは、店構えだけではない。

豪雨で水没したレシピの写真を撮り、画像として保存しながら、細野さんは、自らが手がけてきたお菓子そのものについても見つめ直した。

水没したレシピ

まず取りかかったのは、かねてから思案してきた材料の変更。その一つが卵だ。

細野さんは「卵はお菓子の主軸になるところ。その卵を変えたときに一気にケーキの味が変わってきた。だから、全部の材料をとことんこだわったらどんな味になるのかなと思って」と、豪雨をきっかけに、いわば究極を目指すことを決めたという。

放し飼いの鶏の卵や農薬を使わない食材を採用しただけでなく、新たなレシピに挑戦するため、お菓子作りを学び直し、その味を改めて追求していった。

豪雨のために店の再建を考えなくてはならないという打撃の中で、なぜ、お菓子についてまで再考しようとしたのか。

細野さんは、「立ち止まる時間をつくるには勇気がいる。その時間を、水害をきっかけにもらったと思った。どうせなら、やりたかったことを全部やろうと思って」と、当時の心境を熱く語った。

見直しは、働き方にも及んだ。これまでも、夫と家事や育児を分担しながら店の経営と製菓に力を尽くしてきたが、リニューアル後は、生菓子を販売する日を限定することで、より仕事と家庭を両立させ、自分自身が楽しくお菓子を作る環境を整えた。

災害に遭っても…「前向く力」を大切に

水害から8カ月が経った2023年4月。「HAPPY SUGAR」は、お菓子も店舗も新たなスタート地点に立った。

細野さんは、その再スタートを“新たな挑戦の始まり”と捉えている。「最初はお客様からリニューアルを祝福していただいて労っていただいたが、勝負はそのあとだと思っていた。新しいお菓子をお客さんがどう受け取るか不安だらけ。それでも最近になって、喜んでくださっているお客様はたくさんいるんじゃないかなと思って。確信と不安と期待は1対1対1くらい」

豪雨被害から1年を振り返り、細野さんが実感しているのは、“前を向く力”の大切さだ。「やはり自然には勝てなくて悔しい思いはあるけれど、自然災害が起きたとき、次にどうするかを考える決断力と気持ちの切り替え方。これらは、これから持っていなくてはいけないと思っている」

大きな被害を受けながら、それを飛躍の機会と捉え直した1年前。まっさらな状態から磨き上げられたお菓子は、いま、確かな輝きを放っている。