

ミラノ・コルティナオリンピックのスキークロスで日本勢初の決勝進出を果たし、4位に入った新潟県長岡市出身の古野慧選手。その古野選手が4月14日、NSTのインタビューに応じ、オリンピックでの活躍を振り返りました。
■古野慧選手 ミラノ五輪の戦い振り返る
【古野慧 選手】
「短い。2時間もない、1時間半ぐらいの競技時間の中でどんどん勝ち上がっていく姿を見せられたことは、(地元を)すごく盛り上げることができた」
14日、NSTのカメラの前でスキークロス日本代表の古野慧選手が振り返ったのは、オリンピックでの戦いについてです。
4年前の北京オリンピックではスタート直後に転倒し、26位に終わった古野選手。
【古野慧 選手】
「しっかりと準備してきた自負があるので、レース当日はあまり不安がなく、思いっきりやるだけというメンタルでいけた。自分のパフォーマンスやこれまで準備してきたことは全て出し切れた達成感・満足感はある」
リベンジに燃えた2度目のオリンピックは順調に準決勝まで進出。その準決勝は後方からのレース展開となりますが…。
【古野慧 選手】
「スピード域が遅いレースになってしまい、後半まで抜ける展開をつくれるというのは感じていたので、かなり体力的にはきつかったが、なるべく食らいついて、チャンスがあったら抜きにいこうと思っていた」
最後まで諦めなかった古野選手は、前回大会の金メダリストなどを破り、スキークロス競技では日本勢初となる決勝進出を決めました。
【古野慧 選手】
「普通のワールドカップだったらガッツポーズが出るくらいうれしいはずだが、疲れすぎていて、全然うれしくなかった。とにかくきつい、それだけだった」
この日、5レース目となる決勝は「満身創痍だった」と振り返った古野選手。
得意のスタートで出遅れ、最後まで懸命に前を追ったものの結果は4位。目標としていたメダルにはあと一歩届きませんでした。
【古野慧 選手】
「ひと言で言うと、悔しいというのが大きい。メダルを取れるところまでいけたが、最後取り切れなくて一番悔しい」
■地元・長岡市で結果を報告 4年後への思いも
一方、4位という好成績に歓喜に沸いた古野選手の地元・長岡市。
14日は古野選手が現地で競技のサポートをしてくれたという兄の哲也さんとともに長岡市の磯田達伸市長のもとを訪れ、オリンピックの結果を報告しました。
【長岡市 磯田達伸 市長】
「チャンスがあればいつでも体が動くような、そういう準備をしていた?」
【古野慧 選手】
「そういう準備は自分なりに、かなりしてきたつもりなので、それがうまくいった」
報告を受けた磯田市長は「体に気をつけながら、これからも頑張ってほしい」と古野選手にエールを送りました。
【古野慧 選手】
「これまで以上にメダルがほしいと心から強く思っているし、しっかりと4年後、取り切れるように頑張っていきたい」
地元からの声援を受け、4年後のオリンピックで悲願のメダル獲得を目指します。
最終更新日:Tue, 14 Apr 2026 22:10:00 +0900




