

大型連休最終日の5月6日朝、福島県郡山市の磐越自動車道で新潟市の北越高校男子ソフトテニス部の部員を乗せたマイクロバスがガードレールに衝突し、後続のワゴン車が追突する事故が発生した。この事故で部員の稲垣尋斗さん(17)が死亡し、20人が負傷した。13日で事故から1週間。事故の背景にある複数の問題が次々と明らかになっている。
■事故当日 何が起きたのか

5月6日午前7時半ごろ、福島県郡山市の磐越道上り線で、新潟市から福島県富岡町に向けて遠征のため移動していた北越高校男子ソフトテニス部の部員20人を乗せたマイクロバスがガードレールとクッションドラムに衝突。その衝撃で折れ曲がったガードレールに後続のワゴン車が追突した。この事故で、稲垣尋斗さん(17)が死亡。20人がケガを負った。
北越高校の灰野正宏校長は事故当日に取材に応じ、「福島県富岡町に練習試合に行くということで朝5時半ごろ出発した。磐越道に乗っているところで事故が起きた。うちのソフトテニス部員が亡くなったことについては痛恨の極み」と述べた。
北越高校男子ソフトテニス部はインターハイに出場する強豪校で、今春の選抜大会にも出場していた。
一体なぜ事故は起きてしまったのか…
■逮捕された運転手…周囲が感じていた「異変」

警察は、このバスを運転していた新潟県胎内市に住む無職・若山哲夫容疑者(68)を過失運転致死傷の疑いで逮捕。
現場に目立ったブレーキ痕はなく、若山容疑者は警察に対し「曲がり切れなかった」「時速90km〜100kmで走っていた」「速度の見極めが甘かった」などと話し、容疑を認めているという。
しかし、事故前からその「異変」を周囲の人たちは感じ取っていた。
地元のタクシー運転手は「乗り降りが大変なぐらい足が悪い人だった。杖をついたり、傘を杖がわりにして乗り降りするぐらい歩くのは大変だった。目の焦点があっていないような、とぼとぼ歩くような」と明かす。
今年3月ごろから歩き方や話し方が大きく変わったという若山容疑者。事故の3日前に訪れていた飲食店では、「自分の車も乗らないんだと言って。『ママ、僕68歳になったから免許あげようと思う』と言っていた」との証言もある。「あげる」とは免許を返納するという意味だったという。
事故の前日、若山容疑者を乗せたというタクシードライバーは「午後5時半くらい、一度飲み屋さんに行っているし、帰りが今度は別なところから8時すぎぐらい」と話す。
若山容疑者が立ち寄った飲食店の店主は「あすは朝4時半にレンタカー屋さんで、5時に学校に行く」と聞いていた。
さらに、若山容疑者は4月から事故を繰り返していた。15年来の付き合いがあるという自動車修理会社の関係者によると、この2カ月で4〜5回の事故が頻繁に起きていたという。代車として貸し出した車が全損になるほどの事故もあり、保険会社からは契約の更新ができないと告げられていた。
■運転に恐怖感じる生徒も「死ぬかもしれない」

バスに乗っていた生徒の中にも違和感を覚えた者がいた。ある保護者は「『目がもうバッキバキに決まっていた』と言っていた」と証言。警察の聞き取りに複数の生徒が「事故の前にもトンネル内で車体をこすっていた」などと話しているという。
さらに、バスに乗っていた生徒が事故の直前、家族に対して「死ぬかもしれない」という主旨のメッセージを送っていたことも、警察への取材で明らかになった。
交通事故鑑定人の中島さんはこう指摘する。
「バスが走ってきて、ガードレールが位置関係としてこのまま行くというのは基本的に考えづらい。本当に真ん中、まっすぐなので全く回避動作をしていないと思う」
バスを貫通したガードレールについても「やっぱり、人間は回避しようとするので、避けようとしたのであれば、ぶつかるときに斜めに当たる。こうしたケースは見たことがない」と、その異様さを語った。
また、若山容疑者は旅客輸送に必要な二種免許を持っていなかったことも、警察の調べで判明している。
■「バスの手配」巡り食い違う主張

事故後、北越高校と五泉市のバス運行会社・蒲原鉄道の間で、バスの手配をめぐる主張が大きく食い違った。
蒲原鉄道は「学校からレンタカーを使って送迎したいというお話をいただいた。マイクロバスのタイプになると普通の自動車免許では運転ができないということで、ドライバーの紹介もいただけないかということだったので、運転できる人間を紹介して今回の運行に至った」と説明。
一方、北越高校側は「部活動の顧問は、人数・発着時間・行き先などを伝えた上でバスの運行をお願いしたということで確認している。レンタカーの手配を依頼したという事実はないし、運転できる者がいないので運転手の依頼もしたということも確認していない」と全面否定した。
5月10日夜に開かれた2回目の会見には、男子ソフトテニス部の顧問・寺尾宏治氏が出席し、自らの言葉で経緯を語った。
「私は4月11日に蒲原鉄道の金子氏に今回の遠征のバスの運行を依頼しました。遠征の日にち、行き先、乗車人数を電話で伝え、金子氏もこれを了承しました。その際に私が金子氏に対して、費用を安く抑えたいからレンタカーを手配してほしいと依頼したことはありません。また、運転手の紹介を依頼したこともありません」
ただ、やり取りはすべて口頭で行われており、契約書も見積書も取り交わされていなかった。
寺尾氏は「費用については、世間話として『高くなったよね』といった話を過去にしたことはあります。ただ、例えば今回の遠征について、電話で『安くしてほしい』『レンタカーにしてほしい』といったことは一切申し上げておりません」と述べた。
■書面なき契約 見えてきた管理体制の実態

書面が存在しない問題は、会見で繰り返し指摘された。
灰野校長は「今回に限らず、こうした遠征でバスを利用する場合には書面を取り交わすということはしていない」と釈明。
蒲原鉄道の近年3年間の利用実績は、2025年度が9件、2024年度が11件、2023年度が8件あったが、すべて書面なしで行われていたという。蒲原鉄道側も「部活については契約書というものはない」と認めている。
学校側の調査では、昨年度に蒲原鉄道に依頼した12回のバスの運行のうち、3回はレンタカーのマイクロバスが使われていたことも判明。請求書には「貸し切りバス」と書かれたものと「レンタカー代・人件費」と記載されたものの2種類が存在していたが、寺尾氏は「かかった費用のみを確認していたため、その違いには気づかなかった」と主張した。
引率体制にも課題が浮かんだ。当日、寺尾氏はバスに同乗せず、自家用車でバスの前方を走っていた。なぜ同乗しなかったのかについて、寺尾氏はこう説明した。
「生徒全員が乗り込み、荷物を積んだところ、出入口付近まで荷物があり、私がバスに乗り込むことが難しいと思ったことと、なじみのない場所なので現地で車があったほうが便利だと思い、自分の車で移動することを決めました」
その判断について、寺尾氏は「私がバスに同乗しなかったこの判断が誤りであったと思います」と後悔の念を口にした。
また、昨年度までは複数の顧問体制で遠征に臨んでおり、少なくともどちらか1人がバスに乗る体制が維持されていたが、今年度は副顧問が交代となり、スケジュールの都合で同行できない状況が続いていたという。
灰野校長は「本校の安全に関わる契約や、あるいは実際の運行に関する事項を部活動任せにして、学校としてしっかりと管理する体制に重大な不備があった」と学校側の管理体制への不備を認めた。さらに「長年の付き合いがあるから任せれば安心という感覚が、緩みを生んだのではないか」とも語った。
■「白バス」疑惑 現金入りの封筒が示すもの

今回の運行は、蒲原鉄道の名義でレンタカーを借り、蒲原鉄道に所属しない若山容疑者が運転するという形で行われた。これが違法な旅客輸送行為、いわゆる「白バス」にあたるかどうかが捜査の焦点の一つとなっている。
また、レンタカーを借りる手続きの際に蒲原鉄道の営業担当者は、若山容疑者の免許証ではなく、自身の免許証のみを提示。蒲原鉄道は若山容疑者の免許証や事故歴などを確認しておらず、面識もなかったという。
さらに、新たな事実が会見で明らかになった。事故現場で、若山容疑者のものとみられるカバンの中から封筒が見つかり、「手当」「ガソリン」「高速はカードにて」と記載され、中には現金3万3000円が入っていたというのだ。
学校側はこれを「蒲原鉄道の担当者から運転手に渡されたと思われる手当の封筒」として、学校が貸し切りバスを依頼したことを裏付けるものとして警察に提出したと明らかにした。
しかし、蒲原鉄道の金子営業担当は事故後の会見で「ドライバーさんにお金を渡すから来てくれというふうな交渉をしているわけではない。うちのほうで手間代を出しているわけではないので」と、ドライバーへの支払いを否定していた。
ドライバーへの金銭が発生しているならば、白バス行為にあたるおそれが出てくる。また、北越高校に関するバスの運転を依頼されたという別の男性は「携帯で『何月何日なんだけども乗れないか』と。『北越高校の生徒さんなんだけど』というのは聞いている。複数回あった」と明かしており、白バス行為が繰り返されていた可能性が浮上している。
こうした中、国土交通省も蒲原鉄道に対して立入調査・監査を実施するなど、事件の全容解明に向けた動きが加速している。
■「責任のたらい回し」が招いた悲劇
書面なき契約、白ナンバーのレンタカー、面識のない運転手の起用、レンタカー手続き時の別人による免許証提示、バスに同乗しない引率者。事故から1週間で、これだけ多くの問題が浮き彫りになった。
学校は「貸し切りバスをお願いしただけで、あとは業者に任せていた」と主張し、バス会社は「学校から安い方法を相談され、お手伝いをしただけで、会社として運行を引き受けたわけではない」と主張する。
それぞれが互いに依存しながら、安全管理の責任をあいまいにしてきた結果が、この事故を招いたとも言える。
死亡した稲垣尋斗さんの遺族はコメントを発表している。
「私たち家族は、大切な存在である息子を今回の思いがけない出来事で失い、深い悲しみの中におります。そして、この状況をまだ受け止めきれずにおります」
17歳の命が失われた事故の責任の所在はどこにあるのか。捜査と調査はいまも続いている。部活動の遠征をめぐる移動手段の手配とその安全管理のあり方が、改めて厳しく問われている。




