金融業界の華やかなキャリアから日本酒業界へ 約160年の老舗酒蔵を事業承継した女性蔵元の戦略「小さくてもかっこいい会社に」

高校中退から東大、金融業界を経て、新潟・長岡市の老舗酒蔵を事業承継した葵酒造の青木里沙さん。新社名『葵酒造』に込めた思い、酒造り哲学、そして日本酒業界の未来を見据えた経営戦略に迫った。
NST新潟総合テレビ

高校中退から東大、金融業界を経て、新潟・長岡市の老舗酒蔵を事業承継した葵酒造の青木里沙さん。新社名『葵酒造』に込めた思い、酒造り哲学、そして日本酒業界の未来を見据えた経営戦略に迫った。

■“アンタイトル”から始まった葵酒造の酒造り哲学

青木里沙さん

2024年に約160年続いた老舗酒蔵『高橋酒造』を買収し、事業承継した青木里沙さん(39)。翌年に社名を『葵酒造』へ変更した。

「長く続いてきたものを大事にしなければと思ってはいたが、高橋酒造という同じ名前の会社が複数あって、インターネットで検索しても一番上に出てこない。それは問題があると思った。また、新しいメンバーで新しいお酒を造るのでブランドイメージも変えた方がいいなと」

社名の“あおい”は、創業メンバーとなる青木さんと酒米を栽培する弟の青木魁斗さん、杜氏の阿部龍弥さん、ブランディングを担当する土居将之さんの名前から一文字ずつ取ったもの。その後、漢字を考えたという。

「植物の葵の花言葉には、太陽に向かって伸びるとか、人と人が会うとか、神様と会うとかそういう意味があって、新しく始める酒蔵の名前としてとってもいいなと思って」

初年度の酒のシリーズ名はあえてタイトルをつけず、『UNTITLED(アンタイトル)』として販売した。そこにも明確な意図があった。

「みんな新しいチームで、初めての場所で、初めての水を使って、米も全部今まで使っていたものとは違う。いきなりうちはこういう味ですというのは、なかなかできないなと思った。だから、あえて色んなタイプのものを実験的につくって、そこから自分たちの方向性を見つけていこうということで」

1年目の生産量は60石(1石=100升)。日本の中でも小さい酒蔵の一つに数えられる規模だが、初年度の在庫は早期に完売した。

そして、2年目の2026年は150石程度まで増産し、初めて名前のついたシリーズも販売。さらに2025年の春からは自社で米の栽培を開始した。

「楽しく幸せにつくらないとおいしいお酒はできないと思うので、そのぐらいの余裕を持ってできる規模で少しずつ増やしていけたら」

当初は1000石まで増産することも考えたというが、今は考えを改め、5年かけて500石に到達することが目標だ。

「量より質。価値のあるものを丁寧に自分たちが可能な範囲だけつくる」

■「日本酒は終わっていない」業界の可能性

葵酒造の日本酒『長陵』

日本酒市場全体が縮小傾向にある中で、なぜあえてこの業界に飛び込んだのか。青木さんの答えは、金融出身者らしくデータを踏まえた分析に基づいていた。

「日本酒のマーケットの8割~9割は日本国内。でも海外に出る量は増えていっている。これがこのまま増えていけば海外のマーケットのほうがいずれ大きくなるだろうと思っている」

現にインバウンド需要や海外での日本食ブームを背景に、日本酒の輸出量は増加傾向にある。国内でも、晩酌用の安価な“普通酒”の需要は減っているが、純米酒以上の“特定名称酒”といわれる価格帯の高いラインは伸びている。

「伸びるところに行けば伸びる可能性は十分ある」という判断が、葵酒造の価格帯設定にも反映されている。

四合瓶(720ml)で4000円~5000円という設定は、日本酒としては高価格帯に属する。

輸出についても、初年度から台湾・香港向けに出荷を開始し、2年目にはマレーシア、オーストラリアへも拡大。さらに韓国やシンガポールへの展開も進めている。

ラベルに“長岡”と刻んだお酒が世界へ出ていくことは、地域への波及効果という意味でも、青木さんにとって大切な意義を持つ。

「長岡という地域のものが外に出ていくことっていうのは、一つ意味があるんじゃないかなと思いながらやっている」

■「小さくても、かっこいい蔵」を目指して

葵酒造のメンバー

「いま、すごく楽しい」と満面の笑顔で言い切る青木さん。自分たちのお酒が飲食店に並び、「おいしい」という声が上がるのを見るたびに、幸せを感じるという。

チームのメンバーについても「頼もしいし、いい人、素敵な人ばっかり。こういう人たちと一緒に酒蔵を立ち上げていけることを一つの大きいプロジェクトだと思っている」と目を細める。

縁もゆかりもない土地で初めて酒造りだったが、地元・長岡の人からも温かく迎えられた。

「蔵がなくならなくてよかった、頑張ってねみたいな感じで声をかけていただいて。お手紙をいただいたりとか…」

青木里沙さん

地域とともに生きる酒蔵へ。

「うまくいっている酒蔵の共通点は、代替わりをして、過去にとらわれずに今のマーケットを見て、今できること・やるべきことをしっかりやっていること。方針変更をいとわないというか」

そう語る青木さん自身の歩みは、まさにその言葉を体現している。

中学で不登校になり、高校に行かず大検で東大へ。証券会社から海外起業、新型コロナ禍の帰国を経て、160年の老舗酒蔵を継いだ青木さん。

異例の道を歩む青木さんの新たな挑戦はまだ始まったばかりだ。

「小さくても、かっこいいなという会社になったらいい。長岡に葵酒造があるよということがしっかり認知していただけるような酒蔵になっていきたい」

(新潟ニュースNST編集部)

最終更新日:Sat, 23 May 2026 10:24:53 +0900