横田めぐみさん“実名公開”は「間違いなかった」 世論の力信じた父・滋さん死去から6年 高市総理「真摯に取り組む真っ最中」も見えぬ進展

北朝鮮による拉致被害者、横田めぐみさんの父・滋さん(享年87)が亡くなって、2026年6月5日で6年が経った。世論の力が政府を動かすと信じた滋さん。母・早紀江さんは、拉致が明らかになった当時に娘の名前を公開するとした滋さんの決断を「間違いなかった」と振り返った。
NST新潟総合テレビ

北朝鮮による拉致被害者、横田めぐみさんの父・滋さん(享年87)が亡くなって、2026年6月5日で6年が経った。世論の力が政府を動かすと信じた滋さん。母・早紀江さんは、拉致が明らかになった当時に娘の名前を公開するとした滋さんの決断を「間違いなかった」と振り返った。

■「まだ解決しない」遺影に話しかける日々

横田早紀江さん

横田めぐみさんの父・滋さんが亡くなり6年となるのを前に開かれた会見で、母・早紀江さんは毎朝の光景を語った。

横田滋さん

「もう6年が経ってしまって、遺影に『まだ解決していないよ』『どこまでお願いすれば解決するのかな?頭にくるね』と話しかけている。(写真の滋さんは)いつもニコニコ笑っていて、何かむなしいなと思いながら暮らしている」

横田夫妻の愛娘・めぐみさん(当時13歳)が北朝鮮に拉致されたのは、1977年11月15日。

「まだ解決しない」。母・早紀江さんが滋さんの遺影に話しかける日々は続いている。

■信念の人―「拉致は悪」実名公開で世界に訴える

横田滋さんとめぐみさん

「完全に形は消えてしまったが、お父さんは本当に一生懸命な人だった。優しく、子どもを愛していた」

母・早紀江さんがそう語る通り、子煩悩な父親だった滋さん。

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「女の子がほしい」と願っていた滋さん。

趣味のカメラで娘の成長を追い続けた滋さん。

めぐみさんの無事を誰よりも案じていた滋さんは、信念の人だった。

その最愛の娘がいなくなり20年が経った1997年、初めて明るみになった北朝鮮による拉致。

当時の記者会見で、滋さんは「もし、これが今回報道されているように拉致ということであれば、今まで目撃者がいないことや、遺留品や書き置きが全くないことも納得できる」と語っている。

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そして、滋さんがこだわったのが、めぐみさんの名前を公表するということだった。早紀江さんが回想する。

「『分からない、分からないと苦しんでいるより、世界中のトップの人たちにも分かるようにしたほうがいいんだ』と。『拉致は悪いものだとみんなが分かるようにしたほうがいいんだ』と、そういう思いのようだった」

実名で報じられることで北朝鮮にいるめぐみさんに危険が及ぶのではないか…。心配する早紀江さんや弟たちを滋さんが説得した。

そのときから早29年。早紀江さんは滋さんの決断について「時間はかかっているが、間違っていなかったことだけは確か。5人の被害者(蓮池薫さん・曽我ひとみさんなど)も帰られたし、はっきりと北朝鮮が拉致を認めた」と明言する。

こうして、めぐみさんはわずか13歳で拉致されたこともあり、この問題を象徴する存在となった。

■かつて国民の関心の中心にあった拉致問題

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1997年、新潟市の繁華街で街頭に立った横田夫妻。多くの人が足を止め、署名に応じていた。

講演スケジュールを書いたメモ

「これだけの皆さんが関心を持って支持してくださるのは、いい方向に向かっている証拠だと思っている。一日も早く帰ってきてほしいと思う」

滋さんは、高揚した表情でインタビューに答えている。

講演活動のため、早紀江さんともに全国を行脚した。スケジュールを書き込んだ紙に隙間はない。

2012年、移動中の新幹線車内で行われた取材で、記者からの「予定を減らそうとは思わないのか」との問いに、「できれば拉致を知ってほしい」と即答していた滋さん。

講演の依頼は絶えず、拉致問題はこの頃まだ、国民の関心の中心にあった。

■高市総理「取り組みの真っ最中」強調するも…

横田めぐみさん

国民の関心が政府を動かす。生涯をかけてその信念を貫いた滋さんだが、政府はいまだにその思いに応えることができていない。

2026年5月30日に開かれた『国民大集会』で高市総理は、「1日も早く、1時間でも早く、皆様に具体的な成果をお示しできるよう、ほんの僅かなチャンスも取り逃がすことなく、政府一体となって真摯に取り組んでいる。今、その真っ最中である」と訴えた。

高市総理が就任以来、強い言葉で示し続けている拉致問題解決への決意とは裏腹に、家族の元に新たな情報がもたらされることはないままだ。

早紀江さんは会見で「今の様子がまったく見えない。勝手に想像して悪いほうに行かないように、めぐみは元気だと思うようにしている」と、心細さを吐露する。

■「親の使命を果たす」滋さんの思いを引き継ぐ早紀江さん

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自身の健康状態は良好だとしながらも、5月半ばに転倒し、左肩を脱臼した早紀江さんは90歳だ。

その体を支えるものは、滋さんの分も親の使命を果たすという信念に他ならない。

「本当に元気を出してまだまだ頑張らなければ。解決まで、ハッキリするまでは、頑張らなければならない。これは親の使命だと思っているので、これからもよろしくお願いいたします。ありがとうございます」

早紀江さんは、祈るように静かに報道陣に頭を下げた。

めぐみさんの拉致から49年、拉致被害者5人の帰国から26年。事態が動かないまま時間だけが過ぎていく。

滋さんが「政府を動かす」と信じた世論は、今、どれほどの力を持っているだろうか。

最終更新日:Wed, 10 Jun 2026 05:00:00 +0900