【柏崎トルコ文化村】日本海に現れたトルコの街 75億円を投じるも8年で消えた幻のテーマパーク【NSTアーカイブ】

新潟県柏崎市にかつて存在したテーマパーク「柏崎トルコ文化村」。1996年(平成8年)に“世界初のトルコ文化のテーマパーク”をうたって開園し、異国情緒あふれる街並みやトルコ文化の体験で話題を集めたが、その歴史はわずか8年で幕を閉じた。45億円を投じた開園、第二テーマパークの拡張、資金繰りの悪化、そして現在も柏崎に残る食文化までNSTに残るアーカイブ映像から、その盛衰を振り返る。


柏崎市に誕生した「世界初のテーマパーク」

1990年代、柏崎市の国道8号の海沿いのエリア一帯には、私設博物館が点在し「柏崎コレクションロード」と呼ばれていた。その10番目の施設として、1996年(平成8年)7月に開園したのがトルコの文化や街並みを再現したテーマパーク「柏崎トルコ文化村」だった。

柏崎トルコ文化村(1997年)

当時、トルコの文化を紹介するテーマパークは他になく「トルコ文化をテーマにした世界初のテーマパーク」と謳っていた。

 

開園レセプションと友好のシンボル

1996年(平成8年)7月27日の開園に先立ち、盛大なレセプションが開催された。このレセプションのメインイベントが、トルコ政府から寄贈された、トルコ共和国初代大統領ムスタファ・ケマル・アタテュルクの騎馬像の除幕式だった。

ムスタファ・ケマル・アタテュルク騎馬像

ムスタファ・ケマル・アタテュルクは「トルコ建国の父」としてトルコの人々から愛される存在で、その像の寄贈はトルコとの友好を象徴する特別な意味を持っていたのだ。

 

45億円を投じて作られた「柏崎市のトルコ」

「柏崎トルコ文化村」は、約4万9000平方メートルの敷地に45億円を投じて建設された。施設のメインとなる「グランドバザール」、ショーが行われる「洞窟ショーホール」、レストランや美術館、トルコ石をメインに扱う宝石店などがオープンした。広場ではトルコアイスやサバサンドなどが売られていた。

また、トルコの楽団による演奏やショーが披露されていた。
来園者は柏崎市にいながら、トルコの雰囲気を体験していたようだ。

 

トルコの言葉が飛び交う「グランドバザール」

施設の核となっていたのが、トルコ・イスタンブール最大の市場をモチーフにした「グランドバザール」だ。高さ7メートルの天井が35メートル続く空間には、トルコ絨毯やタイル、陶器などの土産物が所せましと並べられていた。販売スタッフはトルコ人が多く、トルコの言葉が飛び交い、本場さながらの雰囲気だったようだ。

グランドバザール

中でも人気があったのは「ナザールボンジュウ」と呼ばれる、ガラス製の青い目玉のようなトルコ伝統のお守りだったのだとか。

ナザールボンジュウ

また、「グランドバザール」には土産物の他にも、トルコで「チャイハネ」と呼ばれる茶屋もあった。

チャイハネ

トルコの紅茶の他にトルコの伝統的な方法で淹れたトルココーヒーを楽しむことができた。ここには、トルコで認定されたトルココーヒーのバリスタがいたのだとか。紅茶やコーヒーに合う、トルコのお菓子も提供されていた。

 

世界遺産がモチーフのショーホール

トルコの世界遺産「カッパドキア」をモチーフに作られたのが「洞窟ショーホール」だ。

洞窟ショーホールの入口

洞窟のように少し暗く低い天井の円形ホールで、ここではベリーダンスやトルコ民謡などのショーが開催され、来園者はビールなどを楽しみながらショーを鑑賞できた。

洞窟ショーホールで行われたベリーダンスショー

ダンサーが観客を巻き込んで一緒に踊ることもあったという。

 

トルコ伝統のイズニックタイルが彩る園内

園内を特徴づけていたのが、トルコから運ばれてきた美しい「イズニックタイル」だ。園内には約2万枚の「イズニックタイル」が使われ、美しく装飾されている場所があった。
その一つが「青のレストラン」だ。

青のレストラン

世界三大料理と名高いトルコ料理のレストランで、レストランの内外は三角形と六角形を組み合わせた青く美しいタイルで装飾されていた。

レストランのイズニックタイル

柏崎トルコ文化村のスタッフによると、タイルの模様にはそれぞれ意味が込められていて、これは「豊かさ」を表す模様だと言う。

園内には他にも、タイル装飾が特徴的な空間「泉の間」があった。

泉の間

室内は床から高さ3メートルほどまで四方の壁がタイルで覆われていて、その装飾が来園者の目を引いた。

使われている模様は、三つの丸と二本の波線を組み合わせた「チンタマーニ」と呼ばれる伝統的なデザインで、トルコでは力や王権を象徴する文様として知られている。かつては宮殿などの格式ある建築物にも用いられていたという。

客足が伸び悩み…第二テーマパーク建設

柏崎トルコ文化村は「施設が狭い」「子どもが遊ぶ場所や体験施設がない」などの課題を抱えていた。そこで、客足の伸び悩みを解消するため、1998年(平成10年)12月に4万平方メートルを拡張する第二テーマパークの建設に踏み切る。

イズニックタイルで装飾された通路

そして1999年(平成11年)7月、30億円を投じて第二テーマパークがオープンする。

30億円を投じた第二テーマパークがオープン

第二テーマパークのメインとなるのがモスクを模した「センタードーム」だ。

センタードーム

ここは、ショーや体験工房、バザールなどとして利用されていた。

さらに実物大のトロイの木馬のレプリカ、ノアの方舟がモチーフの建物、レストラン、フラワーガーデン、円形劇場、シアター、ちびっこ広場などが完成した。

手前に方舟 奥にはトロイの木馬が見える

園内は9万平方メートルにまで拡大し、歩いて回るだけでも3時間ほどかかったという。

注目された「アレキサンダー大王の石棺」

第二テーマパークの目玉のひとつが「アレキサンダー大王の石棺」のレプリカだった。

アレキサンダー大王の石棺

トルコ・イスタンブール考古学博物館に収蔵される実物を忠実に再現したもので、トルコで型を取って制作され、柏崎に運ばれた。トルコから来た3人の石工職人が柏崎トルコ文化村で、輸送の際の破損部分の修復と着色をし完成させた。
高さ約2メートル、奥行き約3メートルの石棺に施された見事な彫刻は、来園者からの評判も高かった。他にも、トルコで出土した彫像などの実物大のレプリカが建ち並ぶ場所もあった。

新潟中央銀行破綻で資金繰りが悪化

第二テーマパークオープンからわずか3か月後の、1999年(平成11年)10月、トルコ文化村のメインバンクだった新潟中央銀行が破綻する。

柏崎トルコ文化村は資金繰りが悪化し、2001年(平成13年)12月、冬季休業に入ると同時に全従業員を解雇、柏崎トルコ文化村は事実上の営業休止となった。

※新潟中央銀行破綻に関連する記事はコチラ:【バブル崩壊】“新潟ロシア村”廃墟の裏に地方銀行の破綻…“バブル崩壊”が飲み込んだ新潟の野望【NSTアーカイブ】 | 新潟ニュース NST

よみがえった柏崎トルコ文化村 無料開放で再スタート

その後、柏崎市が土地と建物を買収し、民間企業がそれを借り受ける形で2002年(平成14年)7月に再オープンした。

センタードーム内で行われたイベント(2001年4月)

入園料は無料になり、犬やヤギ、ポニーなどと触れ合える動物園が新設され、子どもたちに人気だったという。

当時の柏崎市長は「市民公園の中に施設があるととらえ、大勢の市民に利用してもらいたい」と語っていた。だが、一時は賑わいを取り戻したものの、次第に来園者は減少していった。

再び閉園…そして運営断念

業績は回復せず、2004年(平成16年)11月に再び閉園。

翌2005年(平成17年)2月には運営会社が運営を断念する方針を固めた。累積赤字は1億5000万円に達していたという。

1996年7月の開園からわずか8年…柏崎トルコ文化村はその歴史に幕を下ろした。

日本海に向かって建つケマル・アタテュルク騎馬像

その後2006年(平成18年)には一般企業への売却が内定し、2007年(平成19年)には第一テーマパークの一部を改装した結婚式場がオープンした。

しばらくは営業していたとみられるが、2019年には営業していなかった。NSTアーカイブでは詳細ははっきりしなかった。

柏崎トルコ文化村跡地(2019年)

今では柏崎トルコ文化村の跡地に人気はなく、トロイの木馬や方舟などは撤去されたとみられる。

一方、開園時に設置されたケマル・アタテュルクの騎馬像は、和歌山県串本町に移設され、現在も見ることができる。

柏崎トルコ文化村が残したもの

「柏崎トルコ文化村」は、バブル期に新潟中央銀行の頭取だった大森氏が主導した3大融資プロジェクト“ゴールデンリング構想”によって生まれた施設だった。

「新潟ロシア村」「富士ガリバー王国(山梨県)」なども、そのプロジェクトで生まれたが、新潟中央銀行の経営破綻により、いずれも閉園した。

※新潟ロシア村に関連する記事はコチラ:【新潟ロシア村】新潟の平成遺構 わずか11年で幕を下したテーマパーク 美しかった建物と閉園後の姿 【NSTアーカイブ】 | 新潟ニュース NST

サバをパンで挟みレモン汁などをかけて食べるトルコの食べ物「サバサンド」が、柏崎風にアレンジされ、今では柏崎エリアの名物になっている。

柏崎のサバサンド

トルコの食が柏崎エリアに定着しているのは、元をたどれば「柏崎トルコ文化村」が存在していたことに由来する。

柏崎トルコ文化村は8年で姿を消したが、柏崎市には今も「サバサンド」という形で、トルコの文化が残っている。

(新潟ニュースNST編集部)