

新潟県長岡市の老舗ラーメン店『安福亭柏町本店』が6月末、54年余りの歴史に幕をおろした。長岡市民を中心に長年愛されてきた安福亭のラーメン。突然の閉店に地元では衝撃が走った。店主の家合才明さんに閉店の理由、味を守る秘訣、忘れられないエピソードなどを聞いた。
■突然の閉店に衝撃も…閉店の理由

1972年12月に長岡市千手にオープンした安福亭柏町本店。

15年前に柏町に移転し、54年6カ月にわたり多くの人の心とお腹を満たしてきた。しかし、2026年6月30日に閉店。3日後には閉店を知らせる紙が店の扉に掲示された。
「背骨の痛みが悪化し、手術を受けることになった。3カ月から半年はリハビリが必要だと、6月末に医師から言われた。(リハビリ後は)まず気力的に立ち直れないと考えた」
こう話すのは、店主の家合才明さん(77)。
リハビリ後に店舗を再開するのは、気力、体力の面で難しいこと。その間、従業員を待たせるわけにもいかないことなどを考え、閉店を決断したという。
「よくやってきたし、やり尽くしたかな。もういいんじゃないかなと思った」
■安福亭のラーメン

安福亭のラーメンは、豚骨と煮干しをベースにした醤油スープに、自家製の極太麺、その上にたっぷりと背脂が振りかけられているのが特長だ。

もちもちした麺を噛みながらスープをすすると、醤油の良い香りが鼻を通り抜ける。一杯で身も心も温まるようなこってり味で、長岡市だけでなく、県内外に多くのファンがいる。
家合さんは店のオープン前、燕駅前にあった福来亭(ふくらいてい)で修行した。当時の福来亭は出前が忙しく、近隣の洋食器工場から一回で50杯の注文もあったという。
千手の店は家合さんが22歳の頃、オープンした。
店名は太平洋戦争中、中国・北京にいた両親がよく食事に行っていた店、安福楼(あんぷくろう)に由来する。
店を建てるのを手伝ったのはバイク仲間だった。
「10代の頃、バイク仲間と趣味のチームをつくった。暴走族じゃない(笑)。彼らは私が店を出すのを待っていてくれた。仕事が終わった夜に集まって、大工、左官、電気店、それぞれの生業を活かしてつくり上げてくれた」
■おいしさの秘密とは?

多くのリピーターを生んできた安福亭。おいしさの秘密を家合さんに聞いた。
「たぶん味は違う。開店一番のスープと、50人前を作った後の鍋底のスープとでは。きのうの麺ときょうの麺も違う。お客さんが気付かないだけ。だけど、仕入れ先と作り方は一切変えていない」

家合さんは理想とした福来亭の味を目指し、安福亭をオープンする前に試作を繰り返した。
修行先で学んだことを再現しようとしても、なかなか思い通りにいかなかったと振り返る。
「見たこと、聞いたことを自分なりに作って出すだけで精いっぱいだった。ただ、一度作り上げた味を変えることは、私はしなかった。味を変えたり、加えたりなんて一切考えなかった。惑わされなかったことはよかったのかもしれない」
味を一定に保つため、まとめて仕入れることも心がけた。
例えば煮干しを仕入れる際は、1年分を買い付け、使い切れない分は業者に冷蔵庫で保管してもらった。
こうすることで煮干しについては1年間、味の変化を抑えられる。
■店主からお客へ伝えたかった感謝の思い

7月6日、食器などの片付けが進む店内で、家合さんはお客への思いを語った。
「長い間、贔屓にしてもらってありがとうございました。店を閉めるのは本当に残念です。突然で申し訳ありません」
仲間と一から作った店で、半世紀以上にわたって味を守ってきた家合さん。リハビリ後、どう過ごすのだろうか。
「しっかり治して、趣味のバイクを思う存分、楽しみたい」
家合さんは目を細めてにっこり笑った。
※安福亭神田店はこれまで通り営業しています。
最終更新日:Sat, 11 Jul 2026 10:00:00 +0900




