

時速40キロを超える速さで走り、木登りも泳ぎも得意なクマ。逃げるものを追う習性があるため、とっさに逃げることで襲われる危険性が増すという。人間が思っている以上に高い身体能力を持ち、学習能力が高いというクマの生態や注意点についてクマの専門家・山本麻希さんに聞いた。
■ツキノワグマとヒグマの違いは?

日本に生息するクマは大きく2種類に分けられる。本州に生息するツキノワグマと、北海道に生息するヒグマだ。
両者は単に大きさが違うだけではなく、そもそも“種”が異なる。
クマについて長年研究し、野生動物と人間の共存に向けて活動する『うぃるこ』の社長・山本麻希さんは「ツキノワグマはブラックベアの仲間。ヒグマはグリズリーに近い、もう少し大きいクマで、肉食性も高いと言われている。ただ、基本的にどちらも植物食を中心とした雑食性の生き物」と説明する。

ツキノワグマの分布は本州全体にわたるが、特に多いのが東北地方から新潟・長野にかけて。秋田、岩手、山形、新潟あたりがとりわけ個体数が多いとされる。
これらの地域は、雪の多いエリアが地続きに続き、広葉樹林も豊かで、クマにとって「好適な生息地」となっているという。
一方、四国では残り30頭以下と言われ、絶滅が最も危惧される個体群となっている。
人工林の割合が半分以上を占め、実のなる広葉樹が少ないこと、鹿による植生への影響なども重なって数が激減。九州ではすでに絶滅したと考えられていると、山本さんは話す。
■「逃げたら追ってくる」クマに遭遇した時にやってはいけないこと

クマと遭遇した際、多くの人が反射的にとってしまう行動が、“走って逃げる”ことだ。しかし、これが危険な対応だと山本さんは警鐘を鳴らす。
「クマは逃げるものを追ってくる習性がある。そして、クマの方が絶対に速いので、100%追いつかれる。しかも、逃げる時は後ろを向いてしまうので、後頭部を一撃で叩かれて亡くなる事故が非常に多い」
クマは木登りも得意なため、木に登るのもNG行動。水に飛び込んでも同様だ。
「めちゃくちゃ泳ぎが得意。奥只見湖でもプカプカと犬かきで泳いでいる」
こうした状況で重要なのは、距離があるうちにクマから目を離さず、ゆっくり後ずさりして間合いを取ること。慌てて背を向けるのではなく、落ち着いて距離をとれば、クマがそのまま立ち去ることもある。
そして、もしクマが本当に向かってきたら“クマスプレーを使うか、防御姿勢を取ること”が重要だ。防御姿勢とは、腹ばいになり、後頭部を両手で守り、足を広げる姿勢だ。
「クマは顔や頭、首、内臓など急所を狙ってくる。でも平べったく寝てしまえば、クマはパンパンと叩いて、動かなければ飽きていなくなってくれることが多い」
■クマスプレーは“切り札”だが…

クマスプレーはグリズリー対策用にアメリカで開発されたカプサイシン製品で、専門家が最も推奨する対策道具だ。しかし、その使い方を間違えると、全く効果がない。
「引きつけてから打つ。5m以内に来た時に、鼻に向けてシュッと出す。カプサイシンの膜をクマの鼻に当てることで、イタッとなって逃げていく」
ただ、噴射できる時間は5~7秒ほどと短く、早く使いすぎるとクマが近づく前に切れてしまうため注意が必要だ。
風向きによっては自分が浴びてしまうおそれもある。実際に噴射を経験した山本さんは、「本当に苦しい。私自身、学生に2回打たれたことがあるが、かなり危険」と振り返る。
さらに、「クマが来るから事前に空間にスプレーしておこう」という使い方は全く効果がないという。
一方で、クマスプレーの消費期限は約3年。期限切れのものは圧が抜けて飛ばなくなるため、廃棄の際に人のいない山で練習するのが最善だ。
アメリカのアラスカでは、国立公園に入る登山者に対して入山前に15分間のビデオ視聴が義務づけられており、クマスプレーの携帯や餌の管理方法などを伝えている。
「山はクマの生息地。分かった人間が行きなさい、自己責任ですという考え方なんでしょう」
■ 「クマ鈴は万能ではない」被害に遭う人の共通パターン

「クマ鈴があれば安心」という認識は今も広く残っている。確かに有効ではあるが、過信は禁物だ。
山本さんは、クマの大半は人間に会いたくなく、鈴の音を聞けば自ら遠ざかるという。
「9割のクマはチリンチリンとやっていれば近づいてこない。問題は残りの数%の、ちょっと悪いクマ。そういうクマは鈴を鳴らしていても向かってくる。少数の問題クマに対しては、スプレーか、防御姿勢しか対応できない」
さらに注意したいのが、鈴を持っていても音が止まる場面があることだ。
山菜採りの最中のようにその場にとどまっていると、鈴は鳴らなくなる。すると、クマが人の存在に気づかないまま近づいてしまうことがある。
渓流沿いや雨の日のように周囲の音が大きい環境では、ホイッスルや爆竹など、より大きな音を出せる手段が役立つ。

そして、被害に遭った人には共通点があると強調する。それが、下記の3点だ。
・一人で行動している
・音の出るものを持っていない
・朝か夕方という時間帯
クマは夜行動することが多く、朝夕は最も遭遇しやすい時間帯。「複数人で行動するだけで、大概の被害は避けられる」と山本さんは呼びかける。
■“登山者の食べ物を渡して逃げる”は絶対にやってはいけない

クマに遭遇した際、荷物の食べ物を置いて逃げるという行動をとる人がいる。その場では命が助かるかもしれないが、山本さんは「絶対にやってはいけない一番悪い行動」と断言する。
「人間を襲うとエサが出ると学習させてしまう。その人は助かっても、次に来た登山者がやられる」
クマの学習能力は非常に高く、食肉目の動物の中でも体重に対する大脳皮質の割合が大きい。「何年か前にあの木で柿を食べたな、と覚えているし、一回でも経験したことをすぐ覚える」など長期記憶が成立するという。
逆に言えば、「人間は危険だ」という経験を積ませることも有効。かつては春グマ猟があり、銃声や犬に追われる経験がクマの人間への警戒心につながっていた。
しかし、クマ猟を長期間行っていない地域では、“撃たれたことのないクマ”が増え、人間を怖いものとして認識しないケースも出ている。
アメリカの研究では、「いい経験と悪い経験を比べると、悪い経験1回に対していい経験は3倍引き寄せてしまう」という研究報告もあるという。
つまり、怖い思いをさせても甘いエサがあれば来てしまう。「だからエサを絶対に出さないこと、いい思いをさせ続けないことが、個体管理にとって重要だ」と山本さんは話す。
そして、ツキノワグマよりも大きくて凶暴なのがヒグマだ。
■OSO18など…ヒグマの脅威とは?

ツキノワグマに比べて体は大きく、個体によっては300kg~400kgあるヒグマもいるという。その分パワーもあり、肉食性も強いのが特長だ。
OSO18も大きなニュースとなったが、OSO18について山本さんは「動かない家畜。鎖でつながれた犬や放牧されている牛を食べられると学習してしまった個体だと思う」という。
特にエサへの執着心は恐ろしいものがあると山本さんは指摘する。
「クマの自分のエサはいつまでも俺のものみたいな執着心がとてもある。それはツキノワグマも同様。同じ木に必ず毎年現れている。人を襲える力もあるので、そういう人を襲う学習をしたクマが本当に危ない」
ヒグマは、ツキノワグマに比べて肉食性が強いため、ヒグマと遭遇した際には防御姿勢だけでは足りず、クマスプレーが必須だ。そして、こうしたクマへの対策として大事なのが、クマが近くにいるかもしれないという意識だ。
■「皆さんが思っている以上に、クマはすぐ近くにいる」

「新潟県内では、もはやクマがいない場所を探す方が難しいくらい、どこにでもいる。皆さんが思っている以上に、すぐ近くに存在している」
かつては山の奥深くにしかいなかったクマが、今では里のすぐ裏山まで分布を広げている。
その背景には個体数の増加だけでなく、人に慣れた個体の増加や、エサを求めて集落近くまで下りてきたクマが元の生息域に戻れなくなっていることもあるという。
だからこそ必要なのは、特別な知識よりも、まず前提を変えることなのかもしれない。
クマは遠い山奥にだけいる動物ではなく、私たちの暮らしのすぐ近くにいる可能性がある。
その認識に立ったうえで、山に入るときは音を出す、複数人で行動する、誘引物を放置しない、そして万が一に備えて装備を整える。
被害を防ぐ第一歩は、そうした基本を徹底することにある。
(新潟ニュースNST編集部)
最終更新日:Sat, 06 Jun 2026 20:00:00 +0900




