2児の母が町長になって8年…リゾート施設の売却方針を巡る問題も 学んだ“折れない心”の真意と思い描くリーダー像|新潟・津南町

2018年に2児の母でありながら町長選に出馬し、当時の全国最年少町長となった新潟県津南町の桑原悠町長。2期8年の任期を終え、退任を決断した背景には、老朽化した大型リゾート施設『ニュー・グリーンピア津南』の売却問題や、町立病院、保育園整備、小学校統合など、町が抱える難題があった。将来世代に負担を残さないために、何を決断し、何を次へ託すのか。桑原氏が感じた“折れない心”の真意に迫った。(前編・後編のうち後編)
NST新潟総合テレビ

2018年に2児の母でありながら町長選に出馬し、当時の全国最年少町長となった新潟県津南町の桑原悠町長。2期8年の任期を終え、退任を決断した背景には、老朽化した大型リゾート施設『ニュー・グリーンピア津南』の売却問題や、町立病院、保育園整備、小学校統合など、町が抱える難題があった。将来世代に負担を残さないために、何を決断し、何を次へ託すのか。桑原氏が感じた“折れない心”の真意に迫った。(前編・後編のうち後編)

■「10年で最大25億円超」老朽化施設が突きつけた現実

ニュー・グリーンピア津南

「ニュー・グリーンピア津南は、単なる宿泊施設・観光施設なだけでなく、地域の雇用とか観光全体、町の財産、そして将来の財政負担に関わる大きな問題。自治体として抱えてきた大きな資産と負担をどう次の世代に引き継ぐのかを問う町政の現実を象徴する問題だった」

新潟県津南町のリゾート施設『ニュー・グリーンピア津南』の売却をめぐる問題について、こう語り出した桑原悠町長。

ニュー・グリーンピア津南が抱える問題の根本には、施設の老朽化がある。

今後10年間で必要となる修繕費の町負担は、現在の物価上昇を考慮すれば15億円から25億円以上に上ると見込まれる。

将来世代に負担を残さないという思いから町長になることを決断した桑原氏。町民の生活基盤を守ることを重視し、グリーンピア津南の民間への売却という方針を打ち出した。

「除雪の体制とか教育とか医療とか、直接町民利用の多いところに十分に予算が回っていない現状があるので、そういった本当に必要なところに予算をかけていきたい」

売却先の選定にあたっては、民間の知見を取り入れることを重視。国内外40社以上に声をかけ、地方自治体としては異例とも言える積極的なマーケティングを展開した。

「当初は手を上げるところがないと思っていたので、それぐらい難しい課題だと思っていた。候補がいくつか上がったということは大きいことだと思う」

津南町の可能性に目を向けるファンドや企業が存在することも分かった点で大きな前進だったと話す桑原氏。

■議会との攻防 「情報開示の難しさ」が生んだ不透明感

桑原悠 氏

しかし、売却の道は平坦ではなかった。

売却先との交渉内容は、相手方との関係上、すべてをオープンにすることができない。一方で、行政として町民への説明責任は果たさなければならない。

「どこまでを説明して、どこまでを水面下の交渉で進めるのかというところの、情報の開示が難しかった面がある」

町は売却先を選定したものの、施設で働く従業員の雇用問題や債権者との調整など議会では異論が相次ぎ、売却に反対する決議が可決された。

「判断が難しい課題だというのもある。そこの判断をするというのはとても責任が伴うことなので、慎重さ、丁寧さというのを重視しているんじゃないかと思う」と議会側の姿勢を推し量りながらも、桑原氏は一つの共通認識があると強調した。

「将来の世代に向けて、負担を残さない、つけを回さないということから逃げないことが大事だと思う。それをまず共通認識として持つことが大事。議会は持っていると思う」

その後、議会への質問状で売却方針に理解を示したことを「大きい前進」と話した桑原氏。

売却先の最終決定には至らなかったものの、解決の“入口”まで道筋をつけることができたという認識を示した。

■「二刀流は無理だった」退任を決断した理由

桑原悠 氏

ただ、「任期中に売却先の決定まで持っていきたかった」とやり残した思いを口にする桑原氏。なぜ3期目への出馬を見送り、退任する決断をしたのか。

「町政上の重要な課題が集中している時期だと思っていて、グリーンピア津南の問題以外にも、町立病院や保育園の整備、小学校の統合を控えている。そういった町政上の重要課題が山積している中で、日常の業務とは異なる選挙の準備をするということが、現実的ではない状況だった」

町長選に出馬するとなれば、政策資料の作成、地域を回っての意見収集、支援体制の構築など公務との両立が求められる。

選挙に出ることと、町政運営をすることは「まるで二刀流」と桑原町長は表現する。

「自分のパフォーマンスを最大化するためには、やれる範囲と集中することを絞る必要があると思った。町長としての職責を最後の日まで果たすことに専念しようと、そこまで走り切ろうという決断をした」

3月に退任を決断した桑原氏は、先の4年ではなく、残りの3カ月の公務を重視した。言葉通り、退任を表明してからは保育園整備の事業費確保など、実務的な調整に力を集中。

「判断の、辞める、辞めないの迷いはそのときはあったが、今はしっかり町長の仕事に向き合えている」とその手応えも語った。

■桑原氏が大事にした「折れない心」の真意

津南町長選 初当選(2018年)

災害対応の最前線に立ち、施設売却交渉をめぐる議会との軋轢も乗り越えてきた8年間。

「孤独を感じた瞬間はなかったか」という問いに桑原氏は正直に答えた。

「振り返るとあったかもしれない。災害対応のときなんかは、最悪の事態を頭に思い浮かべて、心の中では震えるときもあった」

しかし、同時に「私一人の力で進めてきたわけではないので。副町長とか教育長、また町の職員、議員さんもそう。町民の皆さんの支えがあって進められてきたものだから、決してリーダー、一人で進めてきたわけではないと思う」とも語った。

そして、桑原氏が大事にしてきた思いがある。それが“折れない心”だ。

「折れない心って、何があっても平気でいるっていうことではなくて、平気じゃないんですよ。私も折れますけど。悩みながらも、人に頼りながら立ち上がろうとする力だと思う。自分の可能性を簡単に諦めないということが大事だと思う」

そして、新社会人や若い世代に向けて、こんなメッセージを添えた。

「自分が心から愛着を持てるものを見つけてほしい。地元でも国でもいいし、好きなアニメや漫画、スポーツでもいい。これを守りたい、これを良くしたいという思いがやがて使命感になって、色んなことがあっても前に進む力になると思う」

■地方創生の本質 「残っていく自治体」の条件

大学院生で町議に(2011年)

人口減少が加速し、“消滅可能性都市”という言葉が現実味を帯びる中、桑原氏は地方創生の可能性についても語った。

「次世代に負担を回さない行財政改革をするという、それは地方創生の重要な一つ。医療とか、教育とか、保育という生活基盤を守るのもとても大事。町全体を学びのフィールドにして、自分でも地域や社会を変えることができるという実感を持つ次世代を増やしていく。古い慣習や性別による役割分担意識をなくしていく仕組みをつくる」

「変わっていく自治体と衰退していく自治体の違いは何か」という問いには、こう答えた。

「外から人とか情報とか仕事を入れる仕組みをつくる。地域の行政の中だけで解決しようとしないで、色々な人たちの担い手の輪を増やしていくことが大事。近隣自治体との広域連携も重要で、町民、関係者、民間の知見、官官連携。そういうものを組み合わせることが、残っていく自治体になるんだと思う」

大学院生で町議になり、2児の母になったタイミングで町長になった桑原氏。

様々なターニングポイントを経る中で学んだのは「どんどん抱えきれなくなっていく大きなものに対して、自分の力を最大化するために、やれる範囲と集中することを絞っていく」ということだったという。

■桑原氏が抱くリーダー像

桑原悠 氏

地方自治体のリーダーとして、財政の厳しい現実と町民の感情の間で判断を積み重ねてきた8年間。桑原氏に理想のリーダー像について聞いた。

「現場の声にしっかり寄り添いながら、次の世代のために判断する人。難しい判断から逃げない人だと思う。そして、実際にdoする人、実際にやる人だと思う。自分が強く前面にということじゃなくて、現場の声に寄り添う、そういったことに丁寧に向き合いながら、次の時代に向けて必要な判断から逃げない人」

女性リーダーに憧れて政治家になった桑原氏は町政運営をする中で、この思いが強くなったという。

今後については「これまでやってきた中で得た仲間とか見聞、知識をより広げていって、次のターニングポイントが来たときに飛び込んでいけるように力をためていく、充実させていくということも考えようかなとは思っている」と笑顔を見せた。

桑原氏の退任まで残り10日となった6月28日。津南町長選が行われ、桑原町政の継続を訴え、町長を支えてきた前副町長の根津和博氏が初当選を果たした。

「将来世代に負担を残さない」という思いは根津町長へと引き継がれていく。

(新潟ニュースNST編集部)

最終更新日:Sat, 04 Jul 2026 19:01:00 +0900